琵琶湖一周戦国と浄心の旅2

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表記の地図は、今回行ったツーリングの初日(10月21日)の行程です。
最初に豊臣秀次の居所跡と近江八幡の心癒される町並を散策した私は、次にかねてより行きたかった安土城跡地に向かいました。
言わずと知れた織田信長が建てた城です。
そして、建設してから僅か3年で焼失した城です。
この安土城跡地が厳しかった。
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まずは、入場料700円也を払ってはいります。
この700円が高いか安いかですが・・今考えるとまぁそんなもんかなってところです。
城跡に入ってすぐ迎えてくれるのが
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直線に真っ直ぐ伸びる大手道の石段です。
普通城の石段は攻めてくる敵を翻弄するために右左にくねくねしているものですが、大手道の石段は真っ直ぐ上に向かっています。
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もしかすると、この城を建てた時代、もはや信長に逆らう武将など存在しなかったのかもしれません。
石段の途中には
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このように秀吉邸跡などもあります。

が・・・・
石段を登り初めてすぐ、その一段一段が非常に高いことに気がつきました。
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見てください。一段がヘルメットの倍ほどの高さがあるんです。
これはきつい!!
これじゃ、いくら直線の石段だからといって武器を持った敵がおいそれと駆け上がることなど不可能だったに違いありません。
まして戦国時代の武士の身長は160㎝あるなし。
多分一段一段上るのに太ももが地面と水平になる程度には足を上げていたことでしょう。
そして、さらに奥へ奥へと進みます。
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昔ながらの石垣が残されていて、非常に興味深いのですが・・・・
私はなんだか悲しい気分になってきました。
写真を見ても分かりますが、荒れてませんか。
草ボウボウでして、本当に復刻されているのだろうかという疑問が頭をよぎりながらの行程でした。
そして・・・
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天守閣の跡地に到着しました。
柱を支える基礎の石畳が歴史を物語っています。
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安土城跡地頂上からの眺めです。
織田信長はこの景色を見て日本平定の実感を抱いていたのでしょうか。
そして、ここに来てこんな看板を見つけました。
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この安土城は1582年に焼失してからおよそ370年もの間、ほったらかしになっていたんですね。
誰も訪れず、完全に歴史の舞台から忘れ去られていた安土城。
でも、織田信長は本当に素晴らしい武将だったと思います。
今でもこんな草ボウボウの荒れ地でいいのでしょうか。
滋賀県にはもっともっと頑張って欲しいなぁって思いました。
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この跡、順路に従い三重の塔を周り
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仁王門を経て、約1時間の安土城跡地訪問を終えたのです。
が!!
先ほど見せたあの厳しい階段。
延々とあの階段を上り続け、そして下る。
特に下りは、ドンと降りて膝と太ももにローブローのような負担をかけ続けたのです。
しかしまだ、このときは夜中にあんな目にあうとは想像すらしてませんでした。
ただ、「ちょっと足の筋肉が厳しいかも」程度に思っていたのです。

安土城跡を跡にした私は、この跡ひこにゃんの待つ彦根城へと向かいますが、それままた次の頁で紹介します。
(引っ張りますなぁ・・ww)

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この記事へのコメント

味噌おでん
2016年10月24日 23:29
お邪魔してます。
え、次回なんですか、でもなんとなく、想像つきます。
アボカド
2016年10月25日 09:03
すいません(-.-;)y-~~~
引っ張ってしまいました。
でも、味噌おでんさんの想像通りの事がおこります。
2016年10月28日 07:07
自分も「真田丸」は毎週見ていますし、一連の大河ドラマは、古くは「天と地と」から見てました。秀次の最後が何か哀れでしたね。安土城は行ったことがないので、こんな凄い石段があるとは驚きでした。さすがは天下の信長ですねぇ。安土城の復元番組も以前見ましたから、現存していれば凄いお城で名所中の名所になったのかも知れません。
自分は登山もしているのですが、やはり若い頃から比べれば脚力は確かに弱って来ています。

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